月別: 2017年2月

木造住宅の大工時代

こんにちは。大工って数年前は小学生に大人気で、将来なりたい職業NO.1だったんですね。私の兄は幼稚園の時に、建前工事での梁の上で身軽に仕事をしている大工さんをみ見て憧れたそうですが、今の大工さんは、3K「キツイ、キタナイ、キケン」の仕事だと思われているんですよね。実際、昔と今では大工さんの仕事も変わってしまったり、責任も変わってしまっています。棟梁と呼ばれて、全責任を背負っていたのが、今ではそれがないですからね。基礎工事に始まり、建前、造作、設備、仕上げとすべての業者を束ねて、段取りや納まりをすべて把握していたのですから、家全体の隅々まで目を光らせていました。今はそれが工務店の監督の仕事になっています。時代の流れでしょうね。でも、住宅の80%は大工で決まるといっても過言ではありません。私は大工を引退して6年になりますが、昔の棟梁と呼ばれるような大工を育てていきたいと思っています。

さて、第3話

木造住宅に携わるようになって、構造から下地、造作材まですべて木に変わったので道具が変わりました。今まで、鉄を切るのに専用の丸鋸とかサンダー、鉄切り鋏など他にもいろいろありますが、それらが無くなった代わりに、のこぎりの刃がいろいろ種類が増えたり、ノミもカンナ数が増え、バールもいろいろな大きさのものが必要になりました。使う材料と道具は変わりましたが、基本的には住宅を造ることですから考え方は同じです。ですがハウスメーカーの大工工事は、床、壁、天井、棚、扉、だけなので、柱や土台、梁、屋根などの構造体となる部分を考えたり造れることは大変面白く、世界が広がったように感じました。自分は物を造ることが本当に好きなんだと感じる数年間でした。

次回は小浦青年物語最終回です。(はや!)

大工時代の集大成の物件のお話です。

大工は80%
吹き抜けでも家の性能が良いと冬も快適
木をふんだんに使うと空気感が良い住宅になります
木をふんだんに使うと空気感が良い住宅になります

 

 

 

ハウスメーカーの大工時代

こんにちは。代表の小浦です。今回は大工になってからのお話ですが、板前と大工って共通点は何も無いように思いますが、どちらも「造る」という意味で同じです。ものを造る時は、形になるまでの段取りが非常に重要で、それによって、早さも仕上がりもずいぶん変わってしまうんですね。段取り八分という言葉でもわかると思います。

第2話

板前をやめた翌日から大工になったわけですが、最初は中堅ハウスメーカーの施工でした。建築の右も左も分からなかった私が思ったことは、「大きなプラモデルみたいだな~」でした。そのメーカーでは大工と監督の育成プログラムがあって、早速そこで研修することになり、約1年間県外で寮生活をすることになったのです。そこでは座学もありもちろん実務もあり、金銭的にはかなり不自由で大変でしたが今思えば、良い経験だったと思います。

それから約2年後に、大きな大きなハウスメーカーに移ることになったのですが、前メーカーと比べて無駄のないスッキリした納まりだなと思いました。この後7年間で大工工事を携わったのは、気づいてみれば110棟を超えていました。ただがむしゃらに大工工事をしていただけで、朝起きて現場に行き、帰って寝るだけの生活だったように思います。はっきりと20代の楽しい思い出は思い浮かびません。

工場で毎日同じような作業をするような、機械のように働く仕事にワクワクしてないと気づき、周りを見始めました。偶然か必然か、人との縁も有りまして、無事ハウスメーカーを優秀な成績で卒業することができました。

ハウスメーカー時代を2期に分けると、前期5年間が、兄と仕事を覚える修行時代、後期5年間が、独立し精度とスピードを最高まで高める修練時代でしょうか。

次回は、木造建築時代のお話です。

(今回は写真はありません。)

・・・つづく・・・

ブログを始めます。

料理大好き

料理が大好きだった小浦少年(写真は本人の所有ではありません)

 

夢工房キッチンくらぶ 代表取締役の小浦です。

ホームページがリニューアルされました。これから少しずつですが建築やお客様への気持ちをお伝えできればと思っていますのでよろしくお願いします。

まずは、私の生い立ちから夢工房キッチンくらぶの今に至るまでを書いていきたいと思います。途中、誤字・脱字がありましても寛大にスルーしてくださいね。

第1話

小学生のころから料理をつくることが大好きだった小浦少年は、高校卒業後、夢がかなって板前の道に進みました。毎日修行でしたが、楽しい毎日を過ごしていました。しかし、小さな料理屋だったので、先輩や店長を見ていて、この先の自分はお店を構えられるのか、その先の将来も不安に感じていました。そこで、ホテルの板前にならないか?と勧められて、全国展開しているホテルの従業員になり、そこで、板前をすることになったのです。野菜切り、刺身、焼き物、揚げ物、煮物、と先輩たちに可愛がられながら、順番に料理の経験をさせてもらい、それなりに自信もついてきていました。しかし、その間、ずっと悩んでいたことがあったのです。それは、普段から水や洗剤に触れる仕事なので、皮膚が弱かった小浦青年の手がボロボロになっていたことです。今でしたら薄手のビニール手袋があって、平気だったかも知れませんがその当時は無く、そして深刻なことだったのです。大好きな板前をやめてしまうのはとても残念でしたが、やめる決意をしました。最後の日は、お世話になった先輩方の包丁を1本ずつですが、きれいに砥いでお店を後にしました。(一人の先輩だけ刃がボロボロだったので、かなり時間がかかりました。そういう道具を大切にしない先輩が今どうしているか分かりません・・・)

そして家に帰って、大工だった兄に電話をしました。すると「わかったぞ、じゃあ明日から大工になれ」その一言で私は大工になったのです。

・・・つづく・・・